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宝永町248番地 第73話 [Wessay]

薄荷パイプ

その日はあっけなくやってきた。
学校から帰ってきて二階へかけあがり、靴脱ぎ場からランドセル
部屋の中に放り込もうとしたら、お母ちゃんがいるのに気がついた。

「あれっ?おかえり」
「ただいま」

ぼくはじいちゃん子だったので、お母ちゃんに飛びつきはしなかった。
どうしていなくなったのか、聞いてみることすらしなかった。
何もなかったんだと思い込もうとしたのかもしれない。
そうであってほしいという願いのような気持ちはあったと思う。

だったら最近のことはすべてなかったことにすればいいのに、
ぼくの口は勝手に開いていた。

「この間、どろぼうがはいったんだよ」
「あら、そう」
「壁とね、レジを壊してね、お金を盗んでいったんだよ」
「それはこわかったねぇ」
「ううん、だれもね、気がつかなかったんだ、ぜんぜん」
「そのほうが良かったわ」
「プロのどろぼうだって、じいちゃんが言ってた」
「そうかね」

お母ちゃんは怖い顔をしていた。どろぼうに腹を立てているのかと思った。

「これからお母ちゃんの言うとおりにして」
「なにを?」
「このカバンに大事なものだけ入れて」
「だれの?」
「自分の。それとランドセルには教科書を全部入れて。連絡帳も忘れないで」

なんだかわけがわからなかったけど、言われたとおりにした。
ランドセルに入りきらなかった教科書を入れたら、カバンはほとんどいっぱいになった。
おもちゃ箱の中から今お気に入りのものだけを選ぶしかなかった。
ウルトラマンと仮面ライダーの人形とミニカーとビー玉を入れた。

しばらくするとハイヤーのクラクションがプップーと聞こえた。
お母ちゃんはいくつかのカバンを持って降りていった。

「もういい?いくわよ」

とって返してくるなり、そう促されたので、何か抜かりはないかと寝床のまわりだけは見ようと思った。
すると敷布団ベッドの枠の隙間に笛の付いた薄荷パイプが挟まっているのを見つけた。
もちろん中身はなくなっていて、吸ってもほのかにミントの匂いがするだけだった。

パイプの先にはリボンの騎士にでてくる妖精の顔が付いていたので、
タラリラッタリッタラッタと笛を吹こうとしたけど、ハーモニカも吹けないぼくにできるはずがない。
始末に困ったので妹にあげようと思い、パイプのひもを首にかけてやった。

ぽつんぽつんと階段を降りる妹のあとをお母ちゃんがぼくのカバンを持ってゆっくり続いた。
ぼくもしかたなく、ランドセルをひきずるようにして、階段を降りた。
一段踏み下るたびに片手に提げたランドセルのフタの金具が、ガチンガチンと鉄の階段にぶつかった。

ブースカの自転車持って行きたいなぁ、
サンダーバードは後で取りに来たいなぁ、
と自分の大事なもののことばかりぼんやり考えながらハイヤーに乗ってしまった。

ドアがバタンと閉まったとき、はっと大変なことに気がついた。
マサヒロ、ヒロシ、タケシ、ナオシ、それから、ふみちゃん。
みんなに何も言ってない。また会えるのかどうかも知らないのに。

しいちゃん、まっちゃん、お父ちゃん、ばあちゃん、それから、じいちゃん。
みんな何も言ってくれなかった。いつ帰ってきたらいいの。

後ろの座席の右側の窓の外を見ると、岡林商店が目の前にあった。
いつものように店の扉は開け放されていたけど、いつものようにおばあちゃんの姿は見えなかった。

発進した。車が一台やっと通れる幅の路地なので、とってもゆっくりと動いていく。
ふみちゃんちの方に目をやったけど、偶然誰かが出てくるような気配はなかった。

刈谷バアの家の前も通り過ぎた。
鶏小屋のある裏庭の前も同時に通り過ぎた。

そんなつもりはないのに、誰にも会うことなく誰にも声かけることもなくて、ぼくはしょんぼりした。
そのほかに言いようがない気持ちだった。
となりでは妹が、小さな小さな音を立てて、空っぽの薄荷パイプを吸っていた。


そしてぼくの幼少期は終わったのだった。



おしまい
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かっか

あとがき

約一年間のご愛読、ありがとうございました。

Wessayなどと気取ったことを標榜しましたが、
ただの雑文に過ぎなかったのかもしれません。
主旋律のない曲のようだったかもしれません。
結末のない物語のようだったかもしれません。

でもこんなに沢山書けると思いませんでした。
一年も書き続けられるとは思いませんでした。

大切な人達に言葉で伝えられなかったことを、
書き残すことが目的だったのかもしれません。

読んでいただいた皆さん、本当にありがとう。
コメントにお返事を書かなくてごめんなさい。
ついでにわがままを言わせてもらえるならば、
全編を通したご感想を聞きたいと思ってます。
全話を読んでいただいてなくても構いません、
ほんの一言でも頂ければとてもうれしいです。


そろそろ帰ろう、懐かしい宝永町248番地に



My Dear FUMI, My Dear CHISA, Thank you so.
by かっか (2009-12-26 08:07) 

SilverMac

かつての宝永町1番地周辺には誰も知った人が住んでいません。水上警察跡地の小公園に建っている碑に祖父の名前があるだけです。
by SilverMac (2009-12-26 19:57) 

sasasa

自分が子供だったころよりも、
まだもうちょっと前の時代の、
なんだか懐かしいような気持ちを味わえました(^_^)
by sasasa (2009-12-27 00:58) 

かっか

>SilverMacさん、コメントありがとうございます。
残念ながら宝永町1番地がどこ辺りかよくわかっていませんが、
だいぶ開発・整理されたんでしょうかね。
それにしても記念碑にお名前があるなんて、すごいお祖父さんだったんですね。

>sasasaさん、コメントありがとうございます。
田舎は都会よりも少し変化の速度が遅いから、
ひょっとすると時代差はあまりないかもしれません。
ご愛読ありがとうございました。

>Shinさん、がぁこさん、私が三人目さん、ご愛読ありがとうございました。
by かっか (2009-12-27 07:39) 

Nyandam

途中からですが、楽しませていただきました。
子供のころはわかっていないことやどうにもできないことがいっぱいあって
でも妙な万能感があって。。
そういう感覚がすごくリアルに描かれていてすごいなと思いました。
by Nyandam (2009-12-27 11:38) 

くっきもんちゃん

こういう結末で終わりを迎えたのですね。
ここに向かっていたのですね。
いろんなことがあったんですね。
この物語、本当に伝えたい人は誰だったんだろうと思ってしまいました。
自分と重なる所もあって、懐かしく思うこともあったり、うらやましいと思うこともあったり、いろんな想いをさせていただきました。
1年間も続いていたんですね。毎週が楽しみでした。
ちょっぴり涙目ですが、素敵なエッセイをありがとうございました。
by くっきもんちゃん (2009-12-27 16:22) 

かっか

>Nyandamさん、コメントありがとうございます。
そうですね。万能感、あったように思います。単なる短絡現象とは別に。。
どうしようもないことに対するもがきのようなものだったかも知れません。
ご愛読ありがとうございました。

>くっきもんさん、コメントありがとうございます。
おそらく、くっきもんさんはどういう結末か薄々気がついてらしたのでは?
と思います。懐かしく思ってくださってありがとう。毎週読んでくれてありがとう!!
誰に伝えたかったかはヒミツということで^^
by かっか (2009-12-27 22:28) 

SilverMac

宝永町1番地は、鏡川大橋の少し西の堀川沿いです。
by SilverMac (2009-12-27 22:43) 

mitsu

よいお年を~(@^-^)ゞ
by mitsu (2009-12-30 16:52) 

がぁこ

いつも遊びに来ていただいて本当にありがとうございました♪
来年はぜひいろんなフォトも楽しませてくださいね~
よいお年をお迎えください('-'*)
by がぁこ (2009-12-30 18:37) 

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