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宝永町248番地 第69話 [Wessay]

毛布

お母ちゃんはよく刺繍をする。
白い布に色のついた糸を縫いこんでいく。
ひと針ふた針ではわからないけれど、だんだんと形ができていく。

緑色の糸は葉っぱになり、緋色の糸は花びらになり、黄土色の糸は蔓になる。
何度見ても何かの形になる瞬間はまるで手品のようだ。
でもタネはない。やさしく細やかな作業が織りなしただけだ。

ぼくのお気に入りの薄い綿毛布の端にも小さな蝶の刺繍がしてあった。
葉っぱは綻びかけていたけれど、きっと春が来るまで毎日それに包まるだろう。
うとうとしながら掛け布の端をなぞるのがぼくの癖でもあった。

昨夜は暑くて寝苦しかったけど毛布を離したくなかったから、寝間着をぜんぶ脱いだ。
裸で毛布の端をもてあそびながら気持ちよくうとうとしていたら、
いつもはそんなことないのに、お父ちゃんとお母ちゃんが様子を見にきた。

「なんでまた、こいつは裸で」
「汗に浮いてるわね」

二段ベッドの上の床は丁度大人の目の高さにあるので、ふたりの声が耳元で聴こえる。

「だって暑いんだもの・・」

声になったかどうかはわからない。ぼくは夢うつつの中で無意識にこたえていた。
でも同時にとってもはずかしかった。自分が赤ん坊のように思われるのが嫌だったのだ。

毛布を掛けなおして、ふたりが子ども部屋から出て行く前にぼくはもう眠りに落ちていた。


それからもう少し寒くなって、毛布の中にすっぽり入っても汗をかかなくなった頃の夜、
お父ちゃんのお友だちのお客さんがやってきた。
お母ちゃんが刺繍をする場所でもある、台所と居間がいっしょになっている部屋で、
酒盛りがはじまった。いつもの”お客”といわれる宴会じゃない。

「おい、ビール取ってきてくれ」
「何本?」
「五本」
「五本なんて無理よ」

お母ちゃんが二本にしてくれたので、ぼくは店の冷蔵庫にビールを取りにいった。

もう閉店した店は真っ暗だったので、入り口の柱のスイッチをパチンと押した。
チカチカッという音とともにレジの上の蛍光灯が点いた。
それだけでは暗かったけど、冷蔵庫の前まで行って下の観音開きのドアを開けた。
中に入っている大瓶のビールケースをずりずりと引っ張って外まで出し、
ビールの大瓶を一本ずつ引き抜いて、全部で三本の瓶を床に立てた。

ケースを冷蔵庫の中に持ち上げ、押し込んで、銀色の金属のドアをどすっと閉じた。
ぼくはビール瓶の首のとこを右手と左手で一本ずつ握り、三本目を両手の指先で挟んだ。
それから店から奥に続く通路に出ようとして困った。

スイッチが押せない。
でも電灯はそのまま点けておくことにした。
多分また取りに来ると思ったから。

二階の部屋に戻ると、待ってましたとばかりにシュポシュポとビールの栓が抜かれた。
お父ちゃんはぼくのコップにもビールを注いだ。しかもなみなみと。

「かんぱーい」
「かんばーい」

ぼくは喉が渇いていたので、コップの半分くらい一気に飲んだ。
夕飯のときに時々ビールの泡だけ飲まされていたので何も躊躇しなかった。
お刺身やお寿司もおいしかった。

お腹もいっぱいになってくるとぼくは気持ちよくなってきた。
いつもはあんまりしないのに、お父ちゃんの背中にまわってまとわりついたり、
知らないおじさんに大きな声で質問したり、子ども部屋からおもちゃを持ってきて、
見せびらかしたり無理やり触らせたりと、自分でも制御不能になった。

終いには続き部屋になっているとなりの寝室のベッドの上に登って、
トランポリンをするようにジャンプしながら歌を唄ってしまったけど止められなかった。
ぼくは自分が酔っているとわかった。

わかったけどどうしようもなかった。
体が勝手に動いて、喉が勝手に声を出した。

「へんーしんっ!とぉっ!」
「ラ・イ・ダー・・・キーック!」

酔っ払いの子どもにビールを持って来いという大人はいなかったので、
ぼくはビールの運び係りからは放免された。
もっとも間もなくぼくはそのままベッドで気を失うように寝入ってしまったのだった。

目が覚めるとぼくは子ども部屋の二段ベッドの上の段にいた。
裸にはなってなくて寝間着をきてた。刺繍入りのくたくたの綿毛布をかぶって。
いつもの朝だった。鶏の世話をしなくては。


そしてまた平和な普段の日々が繰り返されると思っていたのに、突然お母ちゃんが家出した。


P1020300.JPG
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コメント 1

くっきもんちゃん

二日酔いにはならなかったんですね(笑)

お母さん、何があったのかしら?
今後の展開が心配です。何事もなければ良いのですが。
by くっきもんちゃん (2009-11-22 10:47) 

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